玉屋物オーナーさんがお写真を送ってくださいました。
一つ一つはたしかにアタシの創った物だけれど、こうしてオーナーさんに愛用していただき並んだ玉屋物を拝見すると、そこには「アタシの創った玉屋物」という枠を越えた、オーナーさんの個性が色濃く感じられます。その個性は、このお写真の玉屋物と玉屋物の間や、この玉屋物たちが置かれた空間に漂って玉屋物をつつみこむようなありようです。
私には、玉屋物を愛用してくれている友人が何人もいて、アタシに会う時などには友人たちは玉屋物を身につけてくれていることが多いのですが、アタシはそのアクセサリーが玉屋物だと気がつかないことが良くあります。それはもう、アタシの手元を離れて友人たちの傍にあることで全く違ったエネルギーを放っているからなんだろうと思います。
アタシは玉屋物を創りたい様に創っています。今年に入ってからはそれに加えて創りたくない時には創らない、という事も実行しているので、創っているときの自分のモチベーションの純度は更に濃くなっているように思います。それは作品に具体的に表現されるなにかということではなく、創っているときの自分の内側の喜びがより大きい、という作品を取り巻く空気感のようなものです。
このいただいたお写真のように、玉屋物を通して、アタシの製作の喜びと、この玉屋物を自分のアクセサリーとして目にとめて下さったオーナーさんのエネルギーがブレンドして、オーナーさんの元でオーナーさんご自身の個性が宿るアクセサリーになることをこれからも大切に目指して、その研鑽を積んでいけたらと思っています。